内容は一切合切、昔の
記事
と変わりないんだけどなんとなく
ちず窓β
*1
をつかってみたかっただけということなんだ。
けどHNSだとうまくつかえないみたいne。
ああ また広島、いきたいなあ。
1.原爆ドーム
私たちが声荒げて言わずとも、
広島観光
のメッカ、
原爆ドーム
。
劇中ではやはりクソ森との対決シーンが思い出されます。中沢さん曰く「唯一の
ジャングルジム
の遊び場」
だったそうで、子分を引き連れて、よく遊んだそうです。当時その下で「原爆一号の店」というみやげもの屋を構えていた、
吉川清
さん(被爆者運動の父)夫妻にもよく叱られたとか、しないとか…。また、クソ森が原爆ドームから落下して怪我を
するエピソードは実話で、胤森(たねもり)鉄也さん(クソ森の元ネタ?)が原爆ドームから落ちてからドームの周りに
柵ができたそうです。
行き方…
広電本線
「原爆ドーム前」電停よりすぐ
2 NHK広島
ここは穴場中の穴場というと語弊がありそうですが、
「
NHKひろしまビデオライブラリー
」が3階ギャラリー内に併設されていまして、
広島というだけあってか原爆関連、平和関連のビデオが充実しており、無料で鑑賞できるようになってます。
もちろん中沢さんを扱った作品もありますし、
佐伯敏子
さん(ヒロシマに歳はないんよ)と
故 江口保
さん(
広島修学旅行
を日本ではじめておこなった平和学習の父)の対談など、
いくら時間あっても足りないくらいありとあらゆるビデオがあります。一見の価値ありです。
行き方…平和記念資料館からですと、平和大通りにでて、平和大橋を渡ってすぐ。
3 旧ABCC(現 財団法人 放射能影響研究所)
はだしのゲンには幾度となく登場する、悪の権化
ABCC
。ゲン、隆太、ムスビが、
この施設の壁に小便をひっかけたのはあまりにも有名。現在も所在地は漫画通りで比治山山頂付近に
そびえ立つ無数のかまぼこ型の建物がそれです。実際、うろうろしてみましたが、
特に人影はなく本当に活動しているのか?というぐらい周りは静まり返っていて不気味でした。
途中、尿意をもよおしたのですが、さすがに壁にはしませんでした。そんなに高い山でもないのですぐ登れます。
行き方…広電皆実線「比治山下」電停より、徒歩10分
4 神崎小学校(旧 神崎国民学校)
はだしのゲン、いや中沢作品、すべての原点。神髄の中の神髄。劇中では神山国民小学校となっていますが
実際、当時中沢少年が通学していたのはここ、
神崎小学校
です。究極的に言うとこのコンクリート塀一枚が
無ければ私たちは「はだしのゲン」という作品には出会えなかったことに。
もっとも、原爆が落とされなかったら…と思う方が自然でしょうか…。中沢さん曰くは、
北マリアナ諸島のテニアン島にある原爆搭載記念碑が「私の狂わされた人生の出発点」とみさよ夫人に語っています。
行き方…広電江波線「舟入町」電停より徒歩3分
5 本川小学校
劇中では、元川小学校となっていますがここが
モデル
となっています。
(実際、中沢さんは
江波小学校
に転入後、この学校に再転入している。)原爆投下後、ゲンが転入された学校。
校舎は焼けただれ、崩れ、天井には大きな穴、窓枠がねじり曲がったあの学校です。
そこにはケンカ大将を争ったクソ森、夜の校庭には勝子、そしてクラスメイトの野村道子…さまざまなエピソードがありますね。
現在も当時の校舎の一部を残して建てられた、本川小学校平和資料館が校内にあります。
ここもあまり知られてないようですが、見学可能?のようです。
行き方…広電本線「本川町」電停より徒歩2分
6 宮島(厳島神社)
え?ここはただの観光スポットでは…?いえいえここも忘れてはいけません。
ゲンの初恋の人、光子さんとの
デートコース
ではないですか!
光子さんをモデルにスケッチに勤しむ、これでもかという程、楽しげなゲンの顔が印象的です。
しかし…幸せは長く続きませんでしたね…。少し無関係かもしれませんが、ここのお土産屋さんで
「でんでん太鼓」を購入しました。トントンならして歩くとなんかクソ森の気分に。
行き方…広電宮島線で市内より約45分「広電宮島」に到着。その後
フェリー
に乗り換えて約10分で宮島桟橋に。そこから徒歩10分
続く。
ということで
昨日
の続きですよ。
なんか宮島の画像だけやたら重いのね。
そんなもんなのかなあ。
んでも ちゃんと
ちず窓ビュー
で広島をみるとちゃんとポイントついてるや
なにかの種にお役立てください。
7 舟入川口町電停
…って、これはただの広電の駅なのでは…?
いえ、違います。原作「はだしのゲン」では原爆直下のヒロシマを少年ゲン
帰巣
本能
さながら家へ向かいます。そして、家の前には一人佇む、母、君江…。と言う
流れでありますが、実際、中沢さんが実母と出会ったのは運良く、泣きわめいて駆けまわっていた
中沢少年を隣家のおばさん
*1
が発見してくれて、「あんた、中沢の啓ちゃんじゃないの。
あんたのお母さんは、舟入川口町の電停前におるけえ、早よう行きんさい!」と教えてもらい、
ここの電停で実母と出会うのです。
(下の挿し絵は、はだしのゲンの原形「おれは見た」より)
行き方…広電江波線「舟入川口町」
8 皿山
原爆投下後二日目、実母と中沢さんは電車道での路上生活の中
太陽
と死臭に悩まされ、暑さに堪えかねて広電江波、終点にほど近くある皿山に登ります。
原作「はだしのゲン」では米を探すゲンとは別に、母、君江が、友子にちちを飲ませてもらおうと
山に登っています。 劇中では唐突にこのシーンが現れます。
(週刊少年ジャンプ連載時の切れ目に当たる)
行き方…広電江波線「江波」より徒歩5分。
9 江波山の麓
原爆投下後四日目、二人はもといた川口町に戻り、呉の海軍工廠に溶接修理工に動員されて
いた長兄と落ち合う事と相成り、江波にいる遠縁を頼って移動する。そして着いた家が、
江波山の麓にあった。。。
劇中では、君江とゲンが君江の旧友、林 キヨちゃんを頼って、江波に訪れている。
この時、山の上の測候所が登場する。現在は測候所ではなく、
気象をテーマにした博物館、「
江波山気象館
」が建っている。
行き方…広電江波線「江波」より徒歩8分
10 江波中学校
「オース」「メース」「サース」といまでも聞えてきそうでもない感じですが、
「はだしのゲン」の中で登場する波川中学校のモデルが、この
江波中学校
です。
相原が、太田先生が、そしておなじみのクソ森が、「青い山脈」が…、
ゲンが青春を謳歌するこの学校、実際、中沢さんも広島市の
平和都市建設計画
により、
住み慣れた鷹匠町より立ち退き命令が出され、吉島刑務所近くの工場跡地の代替え地に
異動することを余儀なくされその後、入学したのがこの学校。
劇中でも語られるように、名前だけで校舎もなく商業高校の一角をまがりして授業が
おこなわれていたそうで。そして中沢さんが晴れて、三年生に進級した頃に母校といえる新校舎が完成。
しかしその校舎が建っている位置をみて、大変中沢さんは驚いたそうです。そこは無数の被爆者が焼かれ
人骨の山が何個も何個も積み上げられそれを、無造作に米軍の
ブルドーザー
やローラー車が押し潰して
平地にした(劇中では政二さんのエピソードに登場します)正しく、その場所だったそうです。
行き方…広電江波線「江波」より徒歩1分
11 江波小学校
本川小学校の回にも少し触れましたが、学校が再開され中沢さんが最初に転入したのが
ここ
江波小学校
です。当時はまだ
火傷
や負傷して動けない被爆者がここで生活もしていたそうです。
ここでの生活は散々だったそうで、地元意識に固まった悪ガキからのイジメや
原作でも登場するエピソード、母が物取りの疑いをかけられ、始末書を書かされたりと
中沢さん曰く江波の町で、弱い者に対して容赦なく威張り、いじめ抜く本性「人間の正体」
「日本人の正体」をみたと語っています。この学校は劇中では江波で路頭に迷う君江とゲンが
訪れるシーンでほんの数コマ登場します。
行き方…広電江波線「江波」より徒歩10分、江波トンネル越えてすぐ。
12 無名戦士の牌
これも前に少し触れましたが中沢さんの実父、中沢晴海氏が戦前、左翼の新協劇団に属し
島崎藤村
の「夜明け前」や
ゴーリキー
の「どん底」
*2
など演じていたそうなのですが
この牌は官憲に弾圧されながら 反戦活動をし、原爆死した人の名前を合祀したもので
その中に晴海氏の名前をあるそうです。
蛇足ですが、この牌がなかなかみつけきらず中沢先生から直々に
電話で場所を教えていただきました。ありがとうございました。
行き方…広電「土橋」電停下車、電車道を歩き、平和大通り(100メーター道路)と
の交差点のわきにあります。
@
あとがき:
いやー手抜きみたいなので後書きです。
実はゲンプロをはじめたころはhtmlの知識はもちろん画像のスキャンとか加工なんて
まったくわかんない自分がはじめて作ったhtml文書がこの「広島を歩く」シリーズだったのです。
いま読むと稚拙で意味不明な文章だなもし。いや、いまもいっしょか。
中沢先生に電話した話なんですけど電話する前に、ほんと試合前のボクサーのように
精神統一した(緊張してた)覚えがあります。
これからもがんばります( '-')ノ
*1: 阪本さんというそうです。
「おれはみた」の中では男性が登場しますね。
参考記事
*2: 当時は、
治安維持法
の下、危険思想、思想弾圧のなか発禁本であった